IHSニュースレターをご覧の皆様こんにちは。今回アプ・コスター教授より、寄稿する機会を賜りましたこと、深く感謝申し上げます。
私は現在、東京藝術大学に勤めています。ホルンを通じて才能豊かな学生達と音楽を学び、楽しんでいます。東京藝術大学は藝大(Geidai)という略称で愛され、創立130年目を迎えます。私たち日本人が本格的に西洋音楽を教育機関で体系的に取り組み始めて130年過ぎたということになります。その前まであまりなじみの無かったクラシック音楽を知るために、沢山の日本人が海外に留学しました。今ではインターネットも普及して、情報を得ることが簡単になりましたが、音楽家はやはりライブで直接音楽に触れることや体感することが最も大切だと、近年より一層感じるようになりました。
これまで沢山のホルン奏者の皆様からニュースレターに寄せられた寄稿文はとても重要で、内容が豊富です。深く感謝すると共に、なるだけ重複しないように努めたいと思います。
ホルンを演奏する上で、仲間と一緒に室内楽を通じてアンサンブル能力を高めること、様式感などの音楽の基礎を学ぶことはもちろん大切ですが、楽器の響きをつかむことが重要だと考えています。
それに加えて、音の響きを自分の耳で良く聴いて、うまく共鳴するポイントを見つけ出すことが上達への一歩だと考えています。
楽器の「凹み」が音響学上正しい音程や響きを阻害することは明らかにされています。ロータリーの動きの良し悪しや位置のずれが響きに影響することから、私たちが楽器の構造やメンテナンス方法を勉強することは大切です。
演奏家からの音楽的なアプローチと並行して、国家資格を持った理学療法士を大学にお招きして、理学療法アプローチも導入しています。
演奏する際の姿勢(体位:Postureと構え:Attitude)は「呼吸」と深い関係があります。
私たちが演奏する際にスムーズに呼吸ができることで、身体的のみならず精神的にも良い影響を及ぼします。
基礎医学の知識を得るために運動学・生理学・解剖学から、姿勢、循環(心臓)と呼吸(肺)、感覚系についてなども学びます。学生の中には、意外にも、横隔膜がどの位置に存在するか、どのように動いているか、誤解もしくは全く知らない者が多いです。講義の中で学生は、身体のバランスをつかさどる重心の位置や体軸についても勉強しています。受講生は図を見て知るだけでなく、実際に体操やストレッチを通じて体感しています。身体の動きや重心の位置関係の気づきに体性感覚が重要な役割を担っています。体性感覚とは、姿勢をよい状態にコントロールする大切な要素の一つです。体性感覚を養うことが演奏する上で重要なことの一つであると考えています。理学療法アプローチはシンプルで再現性が高く、普遍的です。
私達はセルフケアについても学んでいます。演奏家が具体的に必要なセルフケアを知ることは、安定した演奏を継続していく上で大いに役立ちます。過去2年間の授業を通じて、受講生の姿勢の変化とともに音色や技術の向上の変化も見られるようになりました。体性感覚を養うことと、音の響きを聴く習慣をつけることによって、音の響き方、音色に対する気付き方や音楽そのものの感じ方も磨かれてくるようです。
音楽からのアプローチだけでなく、身体の動きのスペシャリスト、楽器製作のスペシャリストとチームを組んで教育研究に取り組むことが、演奏表現向上において今後より一層重要であると考えています。
日髙 剛