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僕の2大モチベーション

yonekura先日、金管楽器の修理からパーツ製作までを専門とする工房、HMGをオープンさせて独立すると公言したら、思わぬお誘いがあった。独立や楽器製造のテーマについて書いてみませんか?とありがたい声をかけていただき、寄稿する事になったが、さて、どうしたものだろう?と、悩んでしまい、考えた結果、なぜ楽器製作を学び、独立に至ったかという根本について書いてみようと思った。

確か2005年か2006年だと思うけど、僕とヨハネス(ヘルムート・フィンケ社のマイスター、僕は当時フィンケで働いていた)は夜のアウトバーンを走っていた。僕は助手席に座っていた。何かの帰り道だったと思うが、コンサートだったのかメッセだったのかよく覚えていない。交通量は少なく、田舎を走る真っ暗なアウトバーンは森を抜け畑を過ぎてまた森の中を通る。こんな所で車が壊れて止まったらさぞ心細いだろうなと思うような広大な闇の中をビームで貫いて行く。

仕事の事、職業訓練校の事、ドイツ語の事、日本の事。一通り話終えて短い沈黙の後、僕は何気無く聞いてみた。

『ところで僕はなぜ雇ってもらえたの?』

今考えてみたら、おかしな質問で、聞かれた方も答えに困ったかもしれない。しかし、白状すると僕はこの時、ある答えを期待していた。それは、『ショーヘイは才能があって試用期間中に高いポテンシャルを示したからさ』、と。

しかし実際に帰ってきた答えはこうだった。『ショーヘイはモチベーションを示したからさ。それに君は良い人間だ。』

僕は、『はあ、モチベーション。人がいいから雇われたのか。』といまいち不に落ちず、どちらかと言うとがっかりした。こんな会話をした事はその後しばらく忘れていた。

それはたった10年程前の事だが、感覚としてはもっと遥か昔の事のように思う。
この10年は充実していたということなんだろうか。仕事もプライベートもわくわく刺激的で、新しいことがドンドン起こってとても楽しかったし、また同時に、悩み苦しみ、つらい思いもしてきたと思う。一言で言うと一喜一憂の日々だった。有頂天になって喜んだと思えば次の日はどん底の気分だったり。そんなことをしていると疲れるけど、いつしか僕はそんな風に生きるようになっていた。リスクを恐れて守りに入るより、リスクを理解し、準備したうえで、やってみる。野球で言えば、フルカウントだったら振りにいく。見逃し三振より空振り三振のほうがずっとましだ。うまくいけばいいが、失敗したら目も当てられない。念の為、断っておくと、お預かりしたお客様の楽器ではリスクは冒しません。細心の注意を払いますのでご安心ください

yonekura2もうどうにもこうにもやってられなくて、全てを投げ出したくなることもあったが、それでもなんだかんだで気を取り直し、今日までやってこれたのは、僕のモチベーションが極めて根本的、且つ単純だったからだろう。それは「ものづくりと音楽」である。この二つは僕にとって最大の喜びであり、且つ無限で、枯渇することがない。今日の今日まで僕を突き動かしてきた源である。多分、この先も人が普通しないようなことを、割と楽しくやっていくんじゃないかという気がしている。ところでこのモチベーション(動機)とヨハネスが僕に言ったモチベーション(やる気)は若干意味合いが違うが、根本としては同じところから来ている。

HMGの名前の由来も「ものづくりと音楽による共同体」という意味である。これはドイツ語のHandwerks- und Musikgemeinschaft の略で、厳密にはHandwerkは手工業や手仕事という意味だが、HMGは今のところ金管楽器の修理とパーツ製作を主な業務としていて、将来的にはメーカーになることを見据えているので、日本語にした時に「ものづくり」と訳してほぼ遜色はないと思う。

何事も根本から考えたい性分で、このやる気としてのモチベーションが動機としてどこから来るのか、また、いつどこに端を発するのか思い出してみようと思う。

小学生の低学年の頃だったと思う。父が僕と2つ年上の兄を模型店に連れて行ってくれた。父は兄にランボルギーニのカウンタックを、僕にフェラーリのF40を買ってくれた。それが僕らにとって初めての模型だった。色は塗らずそのまま組み立てたけど何故か兄のカウンタックのボディだけは父が紺色に塗ってあげた。そのせいで、カウンタックは何倍も上等な感じがして羨ましかったのを覚えている。兄はあまり模型に興味を示さなかったみたいだが、僕は大いに楽しみを見出し、その日を境に模型少年になった。組み立ては下手くそでも何とかできたけど、塗装はまだ難易度が高く、自分ではできなかった。毎晩、夜ご飯を食べたら模型の箱を持って父の横に行き、色を塗ってくれとせがむのである。父はのんびり晩酌をするのが常だったが、横から早く早くとせがまれて、どんな気分だっただろう。父の部屋で、僕は横に座ってひたすら父の手元を見つめていた。この間、会話は少なく、部屋はシンとしていた。今、僕には小学校2年生の息子がいて、なんとなく想像するのだけれど、父は嬉しかったんじゃないかなんて思う。

やがて塗装も覚えて自分であれこれ作るようになって、暇があったら何か作るというのが管楽器修理の道に入るまで続いた。どういうわけか修理の勉強を始めた頃から模型はやらなくなった。手を動かして作業をするというのが好きで、その欲求の解消はリペア作業に取って代わられたのだろう。リペアの世界は奥が深く、これも終わりなき探求の道だが、心の隅でいつも製作に惹かれ続けたのは、少年時代に没頭した模型を『つくる』というえも言われぬ楽しみや喜びを覚えてしまったからではないかと思う。

それに対して、音楽というモチベーションの由来はどうだろう。

音楽と、とりわけ管楽器との出会いは中学校の吹奏楽で、入学したての部活紹介ですっかり吹奏楽部が気に入ってしまい迷わず入部、高校の終わりまでどっぷりと部活一筋の生活を送った。今現在は演奏の方は鳴りを潜めているが、音楽鑑賞は最大の趣味である。演奏する方の楽しみや喜びはもちろん学生時代に味わってきたし、聴く方は少し年齢を重ねたからか、今まであまり何も感じなかった音楽に激しく心を揺さぶられたりする事が最近多い。いろんな音楽を聴くが、特にクラシック音楽は未知の領域が目の前に広大に広がっているような気がして、果てが無いように感じる。クラシック音楽の森は深い。今新たに感動する音楽があり、その音楽の深さも計り知れないのにまた別の作品の新たな感動に包まれる。しかも同じ作品でも常に新たな刺激的新解釈や名演が生まれ続ける。これはもう無限の喜びである。

この二つのモチベーションは湧き水のように自然に湧いてきて僕を魅了し続け、ものづくりと音楽を融合させた夢の職業、「楽器職人」に僕を向かわせた。

先にも書いたように、根本的に物事を考えたがるし、一途な性格だと思う。宗教観によって多様な考え方があるが、僕個人としては人生は一回ポッキリと思っている。チャンスはたくさんあるけど、同じチャンスは二度とやってこない。そうやって自分に正直に生きてきたら今の自分になった。

ところでホルンの話を少しすると、何を隠そうウィンナホルンが大好きである。マーラーとブラームスの音楽が特に好きで、だからだろう、この異彩を放つウィンナホルンの存在は無視できない。おそらく多くのファンがいるので、ここでその魅力を語るのは省くが、この愛すべきシーラカンスのエッセンスは将来、自分の楽器にぜひ盛り込みたいと思っている。

ホルンは大変美しい音色を持っていると思うし、それを追求するのはもちろんだが、同時にホルン吹きは音色に囚われ過ぎる傾向があると思う。音色は音楽を演奏する上で、大変重要な要素であることに間違いはないが、音色自体が音楽なわけではないからだ。

昔、ある大変高名なホルン奏者が来日した時にリサイタルを聴きに行った。僕はその奏者のCDを何枚も持っていてそれらは愛聴盤としてよく聴いていた。リサイタルは美しい音色で始まり、この演奏困難とされる楽器は抜群の安定感と美しく均質な音色で演奏されたが、あろうことか僕は居眠りしてしまった。心地よく眠りに落ちたというより、むしろ退屈してしまったみたいだ。

音色の美しさは重要だが、僕は音色の多様性の方がより重要だと思っている。

音響学を少し勉強すると、金管楽器の特徴として、ppからffにかけて高次倍音が増加していくということを学ぶが、つまり音量と共に音質も変化するということで、この特色を大いに生かしてひとつのフレーズの中に陰影をつけることができるし、また音楽的な場面転換を鮮やかに表現することができる。この観点から見るとウィンナホルンは圧倒的なアドバンテージを持っているといえる。残念ながら、「ウィンナホルンの音量の増減による倍音の成分と量の変化」を数字やグラフとして見た事がないので、断言はできないのだけれど、おそらく倍音の成分と量は、音量の増減に比例した変化をしているであろうことは音を聞いて容易に想像できる。

これをF管の魅力とするならば、B管の明朗な響きはまた大きな魅力である。ホルンは一つの楽器にF、Bと二つの調をもつダブルホルンが今日広く普及しているが、この本来別々のキャラクターを持つ二つの調はできるだけ一つにまとめられる傾向にあり、ある意味現実的だが、考えてみればもったいない話だと思う。もしHMGが楽器製作にまで漕ぎ着けることができたなら、最初のホルンは二つの調を持つという長所を最大限に生かす事を目指したホルンになるのではないかと、現時点では考えている

最後にこのような機会を与えてくださった福川伸陽氏に深く感謝いたします。

2016年11月2日、大阪

米倉祥平
HMG金管楽器技術
〒552-0012
大阪市港区市岡1-13-4 3F
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